日下部都の恋愛スタイル


「えぇ! 別れたぁ?!」
 じわりじわりと夏の気配を感じる五月末。
 来月半ばに控える体育祭の準備でせわしない空気を醸し出している桜坂高校の校門前にあるカフェの店内で、日下部都は友人の大声に思わず肩をすくめる。
「彼氏って例のゴールデンウイーク中に付き合い始めた大学生だよね?」
「そう。今日子よく覚えてたね」
 週に一度開催されるこの店のスィーツ食べ放題は桜坂高校の女子に大人気ということもあり、周囲には同じ制服の女子たちがにぎやかに色とりどりのスィーツを楽しんでいる。
 そんな華やかな雰囲気に全く頓着しないようなそぶりで目の前のガトーショコラをすさまじい勢いで胃の中に収めた都は、目の前の友人――園田今日子の驚きにキョトンとした表情で首をかしげる。
「そりゃ覚えてるよ。だってまだ今月の話だもん……」
「あ、そっか」
 お皿の上に残っている苺のショートケーキをフォークですくいながら、都は他人事のように続ける。
「今回も一か月もたなかったな」
「今回もって……みやこぉ」
 淡々と自らのカレカノ時期を計算した都は、残りのケーキを勢いよく食べきって席を立つ。
 いつものことながら、あまりと言えばあまりにクールなその様子に、抹茶ムースをスプーンですくいながら今日子は思わずため息を漏らす。
 中学からの付き合いである友人のその様子は、実は今に始まったことではないのだ。
 中学時代から都はとにかくよくモテた。
 スラリと伸びた身長に長い手足。
 切れ長の目に、筋の通った鼻と小さな口が配置よく並んだ小さな顔。
 その顔を引き立たせるサラサラストレートのショートボブ。
 見た目は近寄りがたいぐらいの美人の上、食べても太らない体質という同世代の女子からしたら敵認定されてもおかしくない都だが、性格が非常に男勝りで女子っぽさがほとんど見えないゆえに、昔から異性からだけでなく同性からも絶大な人気を誇っていた。
 しかも、自らの容姿や向けられる好意には本当に無頓着で、こと恋愛に関しては『来るもの拒まず去る者負わず』という今日子にとってはあまり思い出したくない人物と同じスタンスをとっている。
「そろそろ、本気で考えた方がいいよ?」
 スィーツ山盛りのお皿を手に席に戻ってきた都を見ながら、今日子は溜息とともに言いづらい言葉を口にする。
 決して自分も恋愛がうまくはないわけで。そんな自分が人にアドバイスなんてできる立場ではないのだけれども。
 でも、都の恋愛の仕方は見ていてちょっとしんどい。
 しかも、都の場合その見た目からなのか基本的に付き合う相手は全て年上なのだ。
 今日子の目から見ると、それはまるで遊ばれているように映る。
「え? 何が?」
「彼氏。もうちょっと考えてから付き合ったら?」
「う、うーん……」
 今日子の言葉に何となく頷きながら、都は先ほどとってきたマンゴーのババロアにスプーンを入れる。
 ぷるんっとした黄金色のババロアをスプーンで口に運びながら、都は言葉を濁す。
「今回ももしかして向こうから?」
「そう」
「いつもと同じセリフ?」
「うん」
 舌の上でとろけるマンゴーの味に幸せを感じつつ、都は今日子の質問に最低限の言葉で返す。
 いつもと同じセリフ――それは『都って、俺のこと好きじゃないよね』
 可愛いね、付き合ってよ。から始まる都の恋愛は、いつも必ず相手のこの言葉で幕を閉じる。
 都にしたら、付き合ってと言われたから一緒にいたし、バイバイと言われたから別れる……非常にシンプルな行動なのだ。
 そこに、都本人の気持ちはおそらく、ない。
 なぜならそれは――。
「ミーコ。お前そんなに食べて大丈夫なのかよ」
 お皿の上のスィーツを着々と胃に納めていた都は、背後から聞こえるその声にあわてて後ろを振り向く。
「ヒロ君!」
「相変わらずよく食べてるなー。夜ご飯までにきちんと消化させろよな」
 都の後ろには、すさまじく整った顔立ちの長身男子が呆れた顔で立っていた。
「今日子ちゃん、ごめんな。ミーコがまた無理やり誘ったんだろ」
「無理やりじゃないし。ていうか、なんでヒロ君がこんなところいるのよ? ヒロ君甘いものダメじゃん」
「ああ。俺は今から飲み会。この店の前歩いてたらミーコがものすごい勢いでケーキがっついてたから、ちょっと忠告しに来ただけ」
「えー! 今日も飲み会なの?! 最近多いんじゃない?」
「俺は大人だからいいの。ミーコはまだ未成年なんだからちゃんとお家に帰りなさいってな」
 はた目には百二十パーセント恋人同士に見える美男美女は、まるでじゃれあっているような会話を続ける。
 その二人の様子に圧倒されていた今日子は、思い出したように口を開く。
「あ、あの……あたしのことは気にしないでくださいね、千尋さん」
「おおっと。今日子ちゃんってば相変わらず優しいねー。うちのミーコのこと、これからもよろしくね」
「ちょっ、やめてよねーっ! 高校生にもなってそういうの!」
「なに言ってんだよ。これでも心配してるんだぜ? ほんと、お前ってしっかりしてるように見えて結構抜けてるからな」
「なによそれっ」
 都の反論ににっこりと極上の笑顔を残して、まるでモデルのようなスタイルの美男子はその場を後にする。
 気が付くと、周りの席の女性たちも一斉に彼が去って行った店の扉を見送っていた。
「相変わらずすごいね、千尋さん」
「え? 何が?」
「いやもう、いろいろ。破壊力が」
 ベイクドチーズケーキの最後のひとかけらを口に運んだ都は、今日子のその言葉に首をかしげる。
「今回の彼氏って、確か千尋さんの紹介だっけ」
「うん」
「じゃぁ無理だよね。っていうか、都が彼氏と続かない原因って間違いなく千尋さんだよね」
「ん?」
 少し冷めたコーヒーに口を付けながら、都は今日子に向かって眉を寄せる。
 そんな都に向かって、今日子はしみじみと言葉をつづける。
「都と千尋さん。兄妹レベルのじゃないよ、あの仲の良さは。完全にカップルじゃん」
「そう、かなぁ」
「そうだよ。ほんっと都ってば完全にブラコンなんだもんなぁ」
 しみじみと呟く今日子の言葉に、都は返す言葉が見つからなくなる。
 日下部都の恋愛スタイルの根底にある感情――それは、兄千尋のことをどうしようもなく好きだというブラザーコンプレックスなのである。



「まぁね。あんな完璧な兄がいたら、そりゃそこらへんの男なんてみんな同じに見えちゃうよね」
「うん?」
 カフェを出て、電車通学の今日子と一緒に自転車を押して歩いていた都は、今日子の突然のつぶやきに思わず疑問符をかぶせる。
「千尋さん。アレは反則だよ」
 日下部千尋。都の実の兄であり現在K大学の四年生。
 容姿端麗、成績優秀とどこかの天下無敵のモテ男を彷彿とさせる四字熟語が並ぶ男だが、奴ように薄っぺらくない、というのは隣を歩く友人の言葉だ。
 都の目から見ると、今日子が言う天下無敵のモテ男も決して薄っぺらくはないと思うのだが。
「反則、かぁ」
 だが、今日子に指摘されるまでもなく実兄が非常に魅力的な男であることは都にもよくわかっている。
 確かに、『うちのお兄ちゃん』はカッコイイ。幼いころから一緒にいるから時々わからなくなるが、こうして家の外でふいに会ったりするとそのかっこよさは顕著だ。
 だからかもしれないが、都にとって千尋以外の男は全て同じに見えている。
 だからこそ、都の恋愛スタイルは常に受け身なのだろう。
「都はさ、逆に年下とかに目を向けてみてもいいかもね」
「年下?!」
「うん。年上だとどうしても千尋さんと比べちゃうだろうから。年下だったら千尋さんと比べるところも少ないし、真っ白な状態で向き合えるかもよ」
「うーん」
 今日子の言葉に都は首をかしげて考え込む。
 思い返すと、今まで好きだと言ってくれた人はほぼ全員年上だ。
 キャラがそうさせるのか、日下部都はとにかく年上男子にモテるのだ。
「うんうん! 都に年下男子! 意外と合うかもーっ! これを機に恋愛視野を広げるのってアリだよ」
「橘しか見えてない今日子に言われると説得力ないけどね」
 他人事だからかとにかく楽しそうに恋愛を語る今日子の様子に、都はおもわずポロリと漏らす。
 そんな都の言葉に、先ほどまで余裕の表情で話していた今日子の顔がパッと赤く染まる。
「なっ! なんであたしがあいつしか見えてないのよっ! ていうか見てないし! たまたま視界に入ってくるだけだし!」
「たまたま視界に、ねぇ」
 都に言わせれば、今日子の視界に『たまたま』入ろうと努力する徹平も、『無意識に』自分の視界の中に徹平を入れてしまう今日子も、どっちもどっちだということである。
「あー! 都ってばまた変なこと考えてる! あたしが徹平相手に苦労してるの知ってるのになんでそういうこと言っちゃうかなぁっ」
 キャンキャンと子犬のように騒ぐ友人の訴えを笑いながらかわしつつ、都は西の空に沈んでいく太陽をまぶしそうに眺める。
 今日子が口にした「年下男子」というキーワードを何となく頭の片隅に残しながら――。
 


06/07/05(16/08/31 全面改稿)
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